ネタに食いついたり無駄話したり
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アメリカじゃ「クリスマスの七面鳥をチキンで代用するのってなんなの?」って考えてるそうですね
そういう事はまずカーネルのおじさんに言ってくんな、カーネルと言っても南斗無音拳のカーネルさんじゃないよ?



という訳で、たまこまーけっとも最終回、王子の嫁探し終了、そして…という回です。

なにはともあれ、やっぱりデラちゃんでしたね、このアニメの主軸はデラちゃんで出来てました
今回の話などでのカバーの仕方や、シーン展開ごとの動きを見て判る通りの、このアニメの原動力です
最初は「日常系アニメでこういう不思議要素ってどうなの?」とか言われてましたが
逆にこのデラちゃんがいなかったらどうなっていた事か、動けて利口なムードメーカーは値千金ですね。

今回の話でも、他の面子が延々触れなかった「たまこ自体はどう思ってるんだ?」という所にようやく触れ
そして聞き出したたまこの本心を王子に伝える為に、陸の女王の如く大地を駆け抜けるという大活躍
最近の陸の女王はなんか空を飛ぶ方がメインになってますけどね、オラァ!降りてこいやー!

そして、そのデラちゃんと、たまこの口から本心を伝えられた事で王子の嫁さがしはあっさり終了
一応作品のテーマなのにこんなにあっさりでいいのかよ?!とも思える様な気軽さでしたが
あそこで延々とごねても、作品のノリと違う面倒臭い話になるだけだし
あの間の取り方のおかげで王子の器量が透けて見える、という部分もあったのでそれもまたよかったのかも。

デラはいいとしてチョイとかどうなの?というシーンでもありましたが
王子のあの対応を見ると、チョイの内心とかも知っていての対応にも思えましたね
実はチョイの首筋の事にも気づいてた、とか言い出してもおかしくない様な感じです、流石は王子
肩にマジパンで出来た鳥くっつけてるだけの事はありますね(違

その後の王子とチョイとの別れ、そしてデラは…という所も予定調和の〆方で
話としてはなんかサックリと纏まった感もありますが、元々日常系に求めているのが
「のんべんだらりと優しくて、ちょっと退屈で」なタイプの人には、実に暖かくていい終わり方でした。

今回のシャッター商店街が示していた通り、やっぱりそれがどんなに優しいものであっても
「騒動」が入ってくると日常はズレちゃうもので、その二つを両立させるのは難しいのじゃないかなと
いっその事「それでも町は廻っている」みたいに完全に分化させちゃえば別なんでしょうけどね。

この「たまこまーけっと」は、あえて非日常のもたらす影響を極力削る事で
日常系の枠内でいながら、その二つを融合、両立させようとしたアニメだったんじゃないかなーとか思ってます。



たまこまーけっと 第12話(終)「今年もまた暮れてった」


だからこうして、斜めの角度ではじくのポーズ



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「綺羅々」の嗅覚はキョロの「におい」を嗅いだッ!キョロの感情変化信号の「におい」をッ!
綺羅々のネコ科の本能と綺羅々自身の思考が一致したッ!『キョロにグルーミングをさせてやるッ!!』


という訳で、GJ部最終回、卒業式回です
スタッフが「卒業は絶対にやらないと」と言っていた通り、綺麗に纏めてくれましたね。

前回のCパートの続きから始まった今回の話は、Aパートでは「いつもの風景」から始まり
しおんちゃんが自動販売機に勝利したり、綺羅々が最後の最後で、メール文章とグルーミングを使っての
とんでもない追い上げを見せたりもしましたが、基本的にはやはりどこか物寂しい様な、抑え目の雰囲気でした。

それでも綺羅々の追い上げのパワーは凄いものがありましたけどね
最後の最後にいきなり本気出すとかスパロボの神聖ラーゼフォンかよと
あの妹にしてこの姉ありといった展開ではあったんだけど、キャラとしての積み重ねが違う所為でえらい破壊力でした

そして、もう一人の卒業生である部長とはなにか上手くいかないままに迎えた卒業式
その「もやもや」を解消してくれるのは、やはり部長の妹であり部員でもある恵ちゃんでした、と
こういう時に昔使ってた台詞を引用されると、尚更に「終わり」って感じが出ますね、こういう演出好きです。

そして、その言葉で迷いを振り切った京夜主導の「GJ部版・卒業式」と「GJ部・魂の宣言」
このシーンでも殆ど完全にギャグを排除した事もあり、それってギャグアニメとしてどうなん?って声もありましたが
このシーンで無理矢理ギャグを挟んだところで、それは「野暮」なものにしかならないのではないかと思います。

前述のしおん、綺羅々のシーンも含め、この最終回は完璧に「卒業式のお話」でした
だからそこに無理矢理「なにか」を入れて、雰囲気を壊してしまう事もないのではないかな?と思うのですね

そういう点では、最終回だからと言って無理矢理に妹達や森さんを出演させたり
原作であった、部長の間違いなく目玉になるであろう「あのシーン」を入れたりしなかったのは嬉しく思えます
一回のインパクトよりも、アニメ全体のノリの方を本当に大事にしてくれたんだなーと感じられました
キャラソンとかも無理矢理ねじ込むんじゃなくて、本当にシーン優先の流し方でしたしね、丁寧な仕事です。

という訳で、最後の部長の見せ所は京夜のあの宣言を受けての泣き笑いと
「私はもう、部長じゃない」、そして部長交代のシーンだけでした、でも、それだけでいいんですね。

あの京夜の発言通り、ただ3人が学校という枠から出るだけで、これでなにかが終わるという訳では無い
次の日からは「ちょっと違うGJ部の日常」が始まるというのが今回の締めくくりな訳で
そこに必要以上の涙や悲観を盛り込む必要なんて無いのでしょう。

第一話を見た際には、「吹き飛んだぞ!今確かにネタのオチの部分が吹き飛んだッ!!」とばかりの展開や
あまりにも「まったり」とした空気に面食らった部分はあったものの、その「空気」が大事にされていたので
それが気になって見ている内にお気に入りになったこのアニメ
最後の最後までその「空気」を大事にし続けてくれた事を、本当に嬉しく思っています。



GJ部 第12話(終) 「さらばGJ部と言おう」2


左端の子?左端のこの子とは次の舞台(二期)で握手だ!



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